2009年05月20日

生れ出るものの不思議

取引の世界となると、悪知恵が発達していないと、どうもうまくいかないようである。
ただし同じ悪知恵でも賢明な人に見破られて修正させられるようなものなら、まだしも罪は軽い。これはだまし合いの勝負だからである。

性の悪いだましは、巧妙に正論に見せかけてする主張ないし指導である。
これに権力がくっついてくるとなお悪い。反発が許されないからである。
その主張者が、正論だと信じて、正論らしい正論を押し通そうとするのは辛抱できる。

我慢のならないのは、正論を押し出しておいて、裏をかくことである。これは実例に事欠かない。

 中国の故事に「ドブネズミは人間や豚の糞を食い、いつも猫におびやかされておどおどしているが、穀物の倉庫にいるネズミは、米や麦などうまいものを食い、のんびりと暮らしている。人間の賢と愚もつまりネズミと同じで、その居場所で決まるものである」。という話があるが、われわれの居場所とわれわれの賢愚の関係は、さてどんなものであろう。

悪知恵を働かせなければ生きて行けないような世界になぜなったのか。
どうにもならない事ではあるが、考えてみることは決して無意味ではあるまい。

 ハエは土中から出ない限り翅も伸びなければ、皮膚も固まらないという。

悪知恵もいいけれど、それを働かす前に、自分のからだを十分固める工夫をするほうがいい。


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Posted by 鷲津商店街 at 08:00 │コラム

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