「消費は美徳」・・・今や危険思想
千年に一度と言われている、東日本大震災で危機に見舞われた日本を憂うメッセ-ジが、巷を席巻している。そんな時、新聞の1面に辻井喬氏の表題の記事が目に留まった。
その記事をそのままPCに打込み、自分なりに再度、脳に叩き込んでみる。
○1960年代以降、日本人の生き方は「とにかく豊になろう」でしたね。・・・
中略・・・。
豊かさを目指した消費市場に支えられてきた国の形をつくりかえる。私たちは根本的問題に直面しています。国主導で産業を発達させる時代はもう終わっています。
確かに復興しなければいけませんよ。でも、テレビ広告に出てくる「がんばろう日本」とか、「日本は強い国」だけで大丈夫でしょうか。この言い方は敗戦の後、60年前の国家イメ-ジと差がない。これからは今までの日本と違うものをつくらなければならないのに、昔のままではまずいのではないでしょうか。
震災で、私たちは物事を自分の皮膚感覚で選び出す時代に入らされたと思います。震災後の停電、節電で、消費者は今までの無駄遣いに気付いた。主婦たちは、節約して合理的に生きようとしている。大量消費文明は、原発問題とともに終わりつつある。
「消費は美徳」は、今や危険思想にすらなりましたね。
地球への影響を意識せず消費することは、浪費に近いと考えられるようになりました。
地熱や風力などのエネルギ-を意識することで、日本の方向性が、かすかに浮かんでくる。
企業も、明らかに縮小均衡になる中で、役割を果たせるようにならなければならない。
そういう時代に入っていると思います。
僕は今、日本には心の豊かさと伝統の再評価が必要だと思っています。
今までの日本人は、忍耐強く従順だから、だめなんだと言われ、僕も内心そう思っていました。でも、それは日本人の伝統的な美徳でした。僕はそのことに気付き反省しています。
被災地の人たちが、必死になって生きようと我慢する強さは、海外からも称賛されています。私たちは、被災地の人たちの苦労と生き方に学ばなければならない。被災地の人たちが見せた美徳を評価できなければ、言論も企業も成り立たなくなるのではないでしょうか。
その美徳が日本人の長所だと見られるようになったとき、新しい国づくりの精神に支柱が入るのだと思います。今はまだ、このような抽象的なことしか言えないのです。以上
ただただ読みふけっていれば、そうか・・・と思うことで過ぎるかもしれない。被災地の為にも、自粛ばかりでは日本の経済がダメになる。祭の余興も花火もやるべきだ!と声高らかに自粛ム-ドに反発する意見もある。
相変わらずの「消費は美徳」的な考えは、「今や危険思想」といわざるを得ない。
「忍耐強く従順」な日本人の伝統的な美徳から見たら、明日は我が身ですよ!と、自粛反発する方々に申し上げたい。