嘘と実の関係について
ある小料理屋の女将が、ほかにお客がいないから、と断った上で、「このあいだ来てくれたお客さんがねェ」と話し出した。
私はコニャックしか飲まない、と言うんですよ。それでね、ほらあそこの棚の上にあるコニャックを下ろして、うちにはこれしかないのですが、と
出したんです。
私そのコニャックの名前なんか知りゃしません。そう、クバ-ジェですの。
そのお客さん「これこれ、これでなくちゃ飲めないよ」なんて言って飲んでましたけど、中身はコニャックじゃあないんです。サントリ-の
ブランデ-、あれいくらだったかなあ、確か1本4,500円。
なにが「これこれ」ですか。偉そうに「これでなくちゃあ飲めないよ」なんて言っても、なにも分かっちゃいない。帰りがけに、その人を
連れてきてくれた馴染みの客に「あれはサントリ-ですから高くないわよ。」と耳打ちしておきましたけど。
笑い話、と言ってもよいが、さて自分はどうか、となると、決して笑い話ではすまされない。知っているつもりのことが、実際はなにも
知っていない、のが普通である。あるいは、実のない嘘を実と思い込んでいたりする。
今の世の中は、実ばかり追い回しているように見える。
景品をつければどれだけ売れる、いくら値引きすればこれだけ出る。これだけの事をすれば、これだけの結果が出てくれないと勘定に
合わない。すべて、すぐ結果に現れてくれないと満足できないし、もうけにつながらないものには、関心を持とうとしない。
しかし、それが、本当に「実」なのか、実だと思い込んでいるものが、本当は「嘘」ではないのか。
本田技研の本田宗一郎氏は、あるとき社内アイデアコンテストをやり、優秀なアイデア60件に、それぞれ50万円の補助金を出して、
勤務時間外に実物をつくらせるということをやった。
その第一回目のとき、折りたたむとトランクになるようなオ-トバイが一等になった。これに対して本田宗一郎氏は
「だれがすぐ売れるようなものをつくれと言ったか。また、こんなものを一等にしたのは審査員の次元が低いからだ」と叱ったという話がある。
(超常識・ダイアモンド社)
いますぐ役にたつもの、いますぐ儲けにつながるもの、を追いかけるのは、実を求めているように見える。またそうである。
しかし、その実だと思ったことが、いつの間にか嘘に変わってしまうことに、なかなか気がつかない。
卸業者のKさんは、「私は問屋は機能の充実こそすべてであると考えている。」と言う。そして、この基になるのは人材の養成だとする。
人材養成は難しい問題だし、時間がかかる。それに、いますぐ儲けにつながらない。
しかも将来きっと大きな「実」を作り出すあはずである。
嘘・実いずれが真か、考えてみなければならなくなっている。